クリニックにおけるノロウイルス対策
新年早々1月11日(2005年)付の新聞報道によると、昨年末、福山市の特別養護老人ホームで7人の患者さんが死亡された事件をきっかけに、全国の高齢者施設で感染性胃腸炎の集団発生に伴って、一部ノロウイルスが検出されたとありました。
それに伴い今回の厚生労働省の発表では、高齢者施設に限らず医療機関・小学校も対象に都道府県を通じて、全国レベルでの情報収集を実施するとのことで、大変大掛かりなものになってきました。
OMCでは、この問題が早急に終息することを願いつつ、クリニックにおけるノロウイルス対策(主に接触感染・乾燥すると空気感染)についての要約を、ヘルスケアセーフティーガードマン研究所の高原和男氏に協力をお願いしました。
ノロウイルスとは…
1968年に米国のオハイオ州ノーウォークという町の小学校で集団発生した急性胃腸炎の患者の糞便からウイルスが検出され、発見された土地の名前を冠してノーウォークウイルスと呼ばれました。
1972年に電子顕微鏡下でその形態が明らかにされ、ウイルスの中でも小さく、球形をしていたことから「小型球形ウイルス」の一種と考えられました。その後、非細菌性急性胃腸炎の患者からそれに似た小型球形ウイルスが次々と発見されたため、一時的にノーウォークウイルスあるいはノーウォーク様ウイルス、あるいはこれらを総称して「小型球形ウイルス」と呼称していました。
ウイルスの遺伝子が詳しく調べられると、非細菌性急性胃腸炎をおこす「小型球形ウイルス」には2種類あり、そのほとんどは、いままでノーウォーク様ウイルスと呼ばれていたウイルスであることが判明し、2002年8月、国際ウイルス学会で正式に「ノロウイルス」と命名されました。もうひとつは「サポウイルス」と呼ぶことになりました。
ノロウイルスは、表面をカップ状の窪みをもつ構造淡白で覆われ、内部にプラス1本鎖RNAを遺伝子として持っています。また、多くの遺伝子の型があること、培養した細胞でウイルスを増やすことができないことから、分離して特定することが難しく、食中毒の原因究明や感染経路の特定を難しいものにしています。
感染症法における取り扱い
ノロウイルスによる胃腸炎は、5種感染症定点把握疾患である完成性胃腸炎の重要な疾患であり、感染性胃腸炎は全国約3,000カ所の小児科定点医療機関より、毎週報告されています。
特徴
ノロウイルス(SRSV:小型球形ウイルス)は、冬季を中心に、年間を通して胃腸炎を起こします。また、10分程度の加熱(60℃)では病原性を失わず、塩素系殺菌剤や消毒アルコールに対しても抵抗性があります。
ノロウイルスは直径約0.03μmメーター前後の蛋白質でできた球の中に、遺伝子(DNAデオキシリボ核酸に該当するRNAリボ核酸)が包まれた構造をしたものです。近年、検査法(PCR法)の開発と普及により食品からのウイルスの検査が可能になり、食中毒との関係が明らかになってきました。
主な感染経路は疫学的調査から、生ガキの関与が強く指摘されています。また、学校や保育園などで、生ガキを食べていないのに集団感染をする例があり、原因として人から人への2次感染もあるといわれています。
発生原因
原因は、水やノロウイルスに汚染された食品、とくにカキを含む二枚貝が多く報告されており、東京都の調査では生ガキを食べて発症した患者の約70%からノロウイルスが検出されています。
ノロウイルスは貝の体内では増殖できません。二枚貝の生息域がノロウイルスに汚染されると、体内に蓄積してしまうと考えられています。
また、感染者の糞便や吐瀉物に接触したり、飛散したりすることにより2次感染を起こすことがあります。学校や保育園などの集団給食施設での発生もみられますが、原因食品が特定できない事例がほとんどです。
日本での発生状況
厚生労働省では平成9年からノロウイルスによる食中毒については、小型球形ウイルス食中毒として集計してきました。
平成14年の食中毒発生状況によると、小型球形ウイルスによる食中毒は、事件数では、総事件数1,850件のうち268件(14.5%)、患者数では総患者数27,679名のうち7,961名(28.8%)となっています。
病因物質別にみると、サルモネラ属菌(465件)、カンピロバクター・ジェジュニ/コリ(447件)に次いで発生件数が多く、患者数では第1位となっています。過去5年間の発生状況は次のとおりです。
なお、最近の学会などの動向を踏まえ、平成15年8月29日に食品衛生法施行規則を改正し、今後はノロウイルス食中毒として統一し、集計することになりました。
平成10年 | 平成11年 | 平成12年 | 平成13年 | 平成14年 | |
---|---|---|---|---|---|
事件数(件) | 123 | 116 | 245 | 269 | 268 |
患者数(名) | 5,213 | 5,217 | 8,080 | 7,358 | 7,961 |
厚生労働省 ノロウイルス食中毒に関するQ&A(平成16年2月4日)より
感染経路
このウイルスの感染経路はほとんどが経口感染で、以下の感染様式があると考えられています。
- 汚染されていた貝類を、生あるいは十分に加熱調理しないで食べた
- 食品取扱者(食品の製造に従事する者、飲食店における調理従事者、家庭で調理をおこなう者など)が感染しており、その者を介して汚染した食品を食べた
- 患者の糞便や吐瀉物から2次感染した
- 家庭や共同生活施設など人同士の接触する機会が多いところで、人から人への直接感染した
防止策
- 手洗いを励行する
- 手洗いのほかに手指消毒液を使用する
- 患者の糞便や吐瀉物を処理する際に注意する
- 集団発生時には握手を避ける
ノロウイルスが感染・増殖する部位は小腸と考えられています。したがって、嘔吐症状が強いときには、小腸の内容物とともにウイルスが逆流して吐瀉物とともに排泄されます。このため、糞便と同様に吐瀉物の中にも大量のウイルスが存在し感染源となりうるので、その処理には十分注意する必要があります。
患者の糞便や吐瀉物を処理するときには、使い捨てのマスクと手袋を着用し汚物中のウイルスが飛び散らないように、糞便、吐瀉物をペーパータオルなどで静かに拭き取ります。
おむつなどは、できる限り揺らさないように取り扱います。糞便や吐瀉物が付着した床などは、次亜塩素酸ナトリウム(塩素濃度約200ppm)で浸すように拭き取ります。拭き取りに使用したペーパータオルなどは、次亜塩素酸ナトリウムを希釈したもの(塩素濃度約1000ppm)に5分から10分間つけた後、処分します(接触感染防止)。
また、乾燥すると容易に空中に漂い、これが口に入って感染することがあるので、糞便や吐瀉物は乾燥させないことが感染防止に重要です(空気感染防止)。
毎年11月頃から1月の間に、乳幼児の下痢便および吐瀉物には、ノロウイルスが大量に含まれていることがありますので、おむつなどの取り扱いには十分注意しましょう。
手洗いは
常に爪を短く切って、指輪などをはずし、石けんを十分泡立て、ブラシなどを使用して手指を洗浄します。すすぎは温水による流水で十分におこないます。
石けん自体にはノロウイルスを直接失活化する効果はありませんが、手の脂肪などの汚れを落とすことにより、ウイルスを手指から剥がれやすくする効果があります。
食品の取扱時の衛生管理
ノロウイルスによる食中毒では、患者の糞便や吐瀉物が人を介して食品を汚染したために発生した、という事例も少なくありません。ノロウイルスは少ないウイルス量で感染するので、ごくわずかな糞便や吐瀉物が付着した食品でも多くの人を発症させるとされています。
食品を取り扱う会社は、下痢や嘔吐の症状がある方は、食品を直接取り扱う作業をさせないようにすべきです。また、このウイルスは下痢などの症状がなくなっても、通常では1週間程度、長いときは1カ月程度のウイルスの排泄が続くことがあるので、症状が改善した後も、しばらくの間は直接食品を取り扱う作業をさせないようにすべきです。
さらに、このウイルスは感染していても症状を示さない不顕性感染も認められていることから、食品の取扱者は、その生活環境においてノロウイルスに感染しないよう自覚を持つことが重要です。
たとえば、家庭の中に小児や介護を要する高齢者がおり、下痢・嘔吐などの症状を呈している場合は、その汚物処理を含め、トイレ・風呂などを衛生的に保つ工夫が求められます。また、常日頃から手洗いを徹底するとともに、食品に直接触れる際には「使い捨ての手袋」を着用するなどの注意が必要です。
調理施設などの責任者(営業者、食品衛生責任者など)は、外部からの汚染を防ぐために客用とは別に、従事者専用のトイレを設置したり、調理従事者間の相互汚染を防止するために、まかない食の衛生的な調理、ドアのノブなどの手指の触れる場所などの洗浄・消毒の対策をとることが適当です。
調理台や調理器具などは
ノロウイルスの失活化には、エタノールや逆性石けんはあまり効果がありません。ウイルスを完全に失活化する方法には、次亜塩素酸ナトリウム、加熱があります。
調理器具などは洗剤などを使用し十分に洗浄した後、次亜塩素酸ナトリウム(塩素濃度200ppm)で浸すように拭くことで、ウイルスを失活化できます。また、まな板、包丁、へら、食器、ふきん、タオルなどは熱湯(85℃)で1分以上の加熱が有効です。
日常の注意点
- カキなどの二枚貝は中心部まで十分に加熱する。湯通し程度の加熱ではウイルスは死にません
- 生鮮食品(野菜、果物など)は十分に洗浄する
- トイレの後、調理をする際、食事の前にはよく手を洗う
- 手洗いのあと、使用するタオルなどは清潔なものを使用する
2次感染を防止するために… ご家庭や保育園、学校などでは
- 感染者の糞便や吐瀉物には接触しない。接触した場合は十分な洗浄と消毒をおこなう
- 糞便や吐瀉物で汚れた衣類などを片付けるときは、なるべくビニール手袋、マスクを用いる
- 糞便や吐瀉物で汚れた衣類などは、他の衣類とは分けて洗う
- 吐瀉物を片付けた用具、雑巾などは、塩素系漂白剤でつけ置き洗いする
- 吐瀉物などで汚れた床は、塩素系漂白剤を含ませた布で被い、しばらくそのまま放置し、消毒する
- 片付けが終わったら、よく手を洗い、うがいをする
ヘルスケアセーフティーガードマン研究所
高原 和男
ヘルスケアセーフティーガードマン研究所
医療機関・医療スタッフを対象に、「医療の質保障」に関するテーマ を主題としたセミナーを提供している。